愛知の文学

濃尾参州記

作品地域分類作者
濃尾参州記(のうびさんしゅうき) 岡崎市・東三河 紀行 司馬遼太郎(しばりょうたろう)
  • 岡崎城(岡崎市)

  • 大樹寺(岡崎市)

司馬遼太郎は小説家。本名福田定一。大正12(1923)年に大阪府に生まれる。日本を代表する歴史文学者として「歴史」を描いてきた。彼の描く歴史は,「歴史にありもしない目的を与え,その観点から個人に善悪のレッテルを貼り,一つの時代への参加を呼びかけ,しかももっとも残酷なかたちで参加した者を罰する(山崎正和『風のように去った人』)」という「歴史主義」に基づく歴史ではない。特定の時代・歴史を描くことについて,自身の小説『坂の上の雲』の中で,「一つの時代がすぎ去るというのは,その時代が構築していた諸条件が消えるということであろう。消えてしまえば,過ぎさった時代の理解というのは,後の世の者にとっては同時代の外国に対する理解よりもむずかしい。」と述べている。

歴史上の事件や人物は,しばしば地理的諸条件のなかで行動をしている場合があり,「日本人の祖形のようなもの」が嗅(か)げるならばと期待して書いたのが,この『街道をゆく』の紀行文である。街道を往来し生活する普通の人たちの風貌(ふうぼう)が生き生きとした姿であらわれ,一つの見方にかたよることなく歴史と風土が立体的に結ばれる。現代につながっている歴史が,その姿をはっきりとこちらに見せながら歩いてくる。俗にいう「司馬史観」である。

『街道をゆく』は,昭和46(1971)年の「週刊朝日」1月1日号から紙上連載が始まり,筆者の死去のため,平成8(1996)年の3月15日号の「濃尾参州記・家康の本質」が絶筆となった。単なる名所・旧跡の案内記ではなく,三河の風土から生まれた家康の人間像が描き出され,それが日本人論にもなっている。