アクティブ地理 インタビュー特集

近畿地方

京町家の町なみ保存活動
杉浦貴久造さん

祇園町南側地区まちづくり協議会代表

インタビュー

京都市でも町なみ保存の働きかけをしていますが,助成金か補助金かを出すぐらいのことです。行政の規則では,建物の外観を変更する場合,半分を超える場合は届出を義務づけています。家全体をつくりかえたい者は,まず半分をつくりかえ,翌年にもう半分をつくりかえると,何の届出もせずに建て替えることができてしまいます。行政だけでは細かなことは規制できません。行政だけの規則だけにたよっていては不十分です。自分たちの手でやかましく規制していかないと町がぐしゃぐしゃになってしまう。ぐしゃぐしゃになったら困るから,自分たちで活動しているのです。

外面を直すときは,釘1本打つにも届出て承認を得ることを義務づける規則をつくりました。届出があった場合,委員会のメンバー11人が集まって,月1回の定例会でチェックを行います。どんな改修ならよくてどんな改修はダメなのか,判断に迷うものもあります。そのため,どんなささいな修繕,それこそ釘1本打つだけでも,みんな相談してもらっています。その方が町なみがそろいやすいです。
どんなに急いでいても,そのチェックを受けなければ外面変更の工事を始めることはできません。届出をせずに外面を修繕すると,委員会のメンバーが出かけていき,どのような改修を行うのか,厳しく問いただします。隣家に対しても体裁が悪いし,せめられるのもかなわないので,みな初めから届出をします。一人ひとりが「外面を直すときは,届出が必要」という仕組みに慣れてきています。町なみを守ろうと思ったら一人ひとりの力ではとてもできません。みんなの力と意識がないと。

見たとおりの風情・趣のある感じ。先祖がこの町なみがいいと思ってつくってきた町なみだから,それを大切にしようと思います。

内面を直す場合は,届出は強制ではなく,間取りなどは自由です。ただ,せっかく直すのだから,内部を直すときは耐震を考えてやってもらうように指導しています。家が倒れるとしたら,1軒だけでなく,近隣も巻き込んで倒れたりするものです。京都市が薦める耐震具などを使用して改築してもらうようお願いしています。ときには図面を見せてもらって,顧問の設計士・京都市のOBに確認してもらうこともあります。
建材について,外観は,屋根瓦と樋(とい)など以外,木材だけの使用を義務づけています。内部は自由な素材を使ってもらって構いませんが,燃えないものを使用してもらうことをすすめています。

この会の目的は,町なみを保存することのみです。ただ,近隣の「構い(かまい)」の精神でそれぞれが深く関わりあって生活しています。一般的に,現代は,人のことをあまり構わなくなっています。
京都言葉で「構い」というように,誰か困った人や道に迷った人がいると「どこに行きはりますのや」と声がけをします。連帯意識を持っています。それが防犯にもつながります。東京では見知らぬ人がいても声がけはまずめったに行われないでしょう。そうした付き合いも含めて町づくりだと思っています。防犯も防災も,近所が協力し合わなければなかなかできることではありません。

幕末に「どんどん焼け」といわれる大火災があって,このあたり全部が焼けてしまいました。それがいいことだったのか,悪いことだったのかわかりませんが,そのときこの地区一帯の建物が建て直されました。そのために町なみとしては非常にそろった形となりました。また,火は恐いという意識も持ちました。防災に関する意識が高くなりました。防火水槽3基と内径が40mmの消火栓22基が設置され,月に1本,消火ポンプで放水訓練をしています。
江戸時代の書物を調べて見ると,細かなことも規則を決めてきちっと町なみを管理していました。例えば,火事が起こったとき,その両隣と向かいの家は消火活動を手伝ってはならず,自らの荷造りをして避難しなければならないとか,野次馬に来る人は,手に水満杯の桶を持って来なさいとか,事細かに決めて,いざというときに対処できるように工夫されていました。江戸時代のしきたりを調べていると実にいろいろ工夫されていておもしろいです。現在も学ぶ点があるかもしれません。

お金も必要ですが,邪魔くさく,面倒くさく,やかましくいろいろ言って関わることです。そういうしくみができるまでがなかなか大変でしたが,今ではこのあたりの風習のようになっていて,外面を直すときの届出を面倒くさいと思う人はいなくなっています。逆に,隣の家に大工が入り込み,トンカントンカンやりだすと,わたしの自宅にリンゴン鳴らして『うちの隣の人がトンカンやってますけど,聞いてはりますか?』とたずねてくるようになりました。「構い」の意識ができてきたのだと思います。わたしにとっては邪魔くさいことですが,それで町なみが守られるのなら,それは大層結構なことだと思っています。みんなの意識が,「町なみを守ることが大切だ」とわかることでしょうか。
現在では,町のことを町でどうするのか話し合う必然もありません。住民も役所任せではなく,自分の町のことは自分で考えないといけないと思います。
東京の浅草・根岸・上野・谷中・両国などからも古い町なみが残ったところは,町なみ保存に熱心で,話を聞きにいらっしゃいます。防災設備にも関心を持っておられます。空襲や関東大震災を経て,なお町なみが残ったところが,保存活動に熱心なようです。

新しく住民になる人の教育です。ずっとこの辺りに住んでいた者は,この町で建物の建て替えのルールもよく理解していますが,新規住民はそうしたルールを全く知りません。まず,この町内に住む人はこの町内の町なみに合わせた建物を建ててもらい,修築する場合は,必ず保存会に届出をしてもらう。それを徹底してお知らせし,できなければこの町に来てもらっては困るということもお伝えしています。新規に来た人がよくわからずに,保存会を通さず京都市に建て替えの届出をした場合でも,京都市から保存会に連絡が入るようになっています。
町なみを守るためには,防災の意識も高める必要があります。(編集注:建築基準法では,火事を出さないためにさまざまな取り決めがなされ,残念ながらそれが古い町なみが姿を消していく一因にもなっている) 火事が出るかどうかは,建材が燃えやすいかどうかの問題ではありません。人が火事を絶対出さないんだという心構えの問題です。この祇園町南側地区の自慢は,私設の消火栓が数多くあること。これらの水を全く使わなくても,施設を持っているだけで月々町内で水道料の基本料金の支払いが発生しますが,それでも設置しています。絶対火事を出さないという心がけのためです。