炭素に結合する4つの原子または原子団は,四面体の各頂点に位置する。これを平面に投影して示す方法にフィッシャー投影式がある。フィッシャー投影式では,次のような規則で表す(図1)。
糖をフィッシャー投影式で表すとき,カルボニル基を最も上か,その近くに置いて,図2,3のようにする。
鎖式構造になったとき,カルボニル基によってアルデヒドになる糖をアルドース,ケトンになる糖をケトースという。図2,3からわかるように,グルコースはアルデヒド(ホルミル基 \mathsf{-CHO} をもつ)であるのでアルドース,フルクトースはケトン(カルボニル基 \mathsf{-CO-} をもつ)であるのでケトースである。
単糖には不斉炭素原子(結合している原子または原子団がすべて異なっている炭素原子)があり,立体異性体(構造は同じでも原子の配置が異なっている異性体)が存在する。フィッシャー投影式で表したとき,カルボニル基から最も遠い不斉炭素原子に結合するヒドロキシ基が,右側の異性体をD形の糖(D糖),その鏡像異性体をL形の糖(L糖)とよび,それぞれ小さなD,Lを付けて表す。たとえば,D-グルコース,L-グルコースは,図4のようになる。
L-グルコースは天然には存在しない。天然に存在する糖はほとんどがD糖である。
図5のように,アルデヒドまたはケトンのカルボニル基と,アルコールのヒドロキシ基が反応して生成する物質をヘミアセタール,反応によってできる \mathsf{-O-C(OH)-} をヘミアセタール構造という。
単糖は,カルボニル基とヒドロキシ基をもつので,1つの分子内でヘミアセタールを形成して,環式構造になる。
たとえば,グルコース(以下,断りがない限りD形)がヘミアセタールを形成すると,図6のような環式構造になる。
この反応で,1位の炭素原子(炭素①)は新しく不斉炭素原子になるため,ヒドロキシ基の結合の位置(図の黄色の部分で,上側または下側)によって,2つの異性体が生まれる。図6では,それらのうち1つを示した。
次のような規則で,糖の環式構造を表す方法をハース投影式という。
たとえば,グルコースの環式構造は,図7のように表すことができる。なお,ハース投影式で,1位の炭素原子(炭素①)に結合するヒドロキシ基が下側になる異性体をα形,上側になる異性体をβ形という。
α形とβ形は,鏡像関係にない立体異性体(ジアステレオマー)である。
なお,ハース投影式では,環を構成する炭素原子を同じ平面上に表すが,実際にはシクロヘキサンのいす形の構造をしている(補足① グルコースの立体構造)。
水溶液中のグルコースは,図8のような平衡状態の混合物になっている。
水溶液中では,α形とβ形は鎖式構造をへて相互に変換する。たとえば,α-グルコースの結晶を水に溶かすと,徐々にβ-グルコースが生じる。
なお,五員環(補足② ピラノース形とフラノース形)をもつものなど,図8以外にもさまざまな構造が考えられるが,図8の構造以外は実際にはほとんど存在しない。
水溶液中のフルクトースは,図9のような平衡状態の混合物になっている。
鎖式フルクトースは同じ構造であるが,環式構造への変化がわかりやすくなるように表し方を変えた。
フルクトースは五員環も生成する。実際には,β-フルクトース(六員環)とβ-フルクトース(五員環)が大部分を占めるので,この2つの状態が示されることが多い。
アミノ基 \mathsf{-NH_2} とカルボキシ基 \mathsf{-COOH} が同一の炭素原子(α-炭素原子)に結合しているアミノ酸をα-アミノ酸という。タンパク質を構成するアミノ酸は,すべてα-アミノ酸である。
グリシン( \mathsf{CH_2(NH_2)COOH} )以外のα-アミノ酸は,α-炭素原子が不斉炭素原子になるので,鏡像異性体をもつ。α-アミノ酸をフィッシャー投影式で表すときには,カルボキシ基を上側,側鎖を下側に置く。α-アミノ酸は,立体構造が糖に似ているので,糖の表し方にならって,フィッシャー投影式でアミノ基が右側になる異性体をD形,左側になる異性体をL形とよぶ(図10)。
生体内のアミノ酸のほとんどはL形である。
グルコースの六員環構造では,炭素原子は平面上ではなく,シクロヘキサンと同様のいす形(図11)をしている。
αまたはβ-グルコース(六員環)の立体構造は,図12のようになる。
図12では,同じ方向の結合を同じ色で示した。
カルボニル基と,5位の炭素原子のヒドロキシ基が反応すると六員環,4位の炭素原子のヒドロキシ基が反応すると五員環(図13)ができる。六員環の糖をピラノース,五員環の糖をフラノースとよぶ。たとえば,六員環のグルコースはグルコピラノース,五員環のフルクトースはフルクトフラノースという。
グルコースはほとんどフラノースにはならない(水溶液中でフラノースは 1\% 以下)が,フルクトースはピラノース,フラノースがともに生じる。