アルカンの立体構造について,入試実例(2023年東京大学)を解きながら解説する。
グレーバックの部分が入試からの引用で,解答・解説は浜島書店が作成したものである。
次の文章を読み,問に答えよ。
三員環から七員環のシクロアルカンのひずみエネルギーを図1-2⒜に示す。メタン分子の \mathsf{H-C-H} のなす角は約 109^\circ である(図1-2⒝)。シクロプロパンの \mathsf{C-C-C} がなす角は 109^\circ より著しく小さく(図1-2⒞),ひずみエネルギーが大きい。そのため,①シクロプロパンは臭素と容易に反応し,化合物 I を生じる。
シクロアルカンが平面構造であると仮定すると,内角が 109^\circ からずれることにより,シクロヘキサンよりもシクロペンタンの方がひずみエネルギーが小さく,安定であると予想される(図1-2⒟,⒠)。しかし,実際にはシクロヘキサンが最も安定である。これは分子構造を三次元的に捉えることで説明できる。
分子の立体構造を考える上で,図1-3に示す投影図が有用である。ブタンを例にすると,\mathsf{C}^\alpha と \mathsf{C}^\beta の結合軸に沿って見たとき,投影した炭素と水素がなす角はおよそ 120^\circ である。② \underline{\mathsf{C}^\alpha} と \underline{\mathsf{C}^\beta} の間の単結合が回転することで異性体の一種である配座異性体を生じる。ブタンのメチル基どうしがなす角 \theta が 180^\circ のときをアンチ形という。\mathsf{C}^\alpha と \mathsf{C}^\beta の結合をアンチ形から 60^\circ 回転すると置換基が重なった不安定な重なり形の配座異性体となる。さらに 60^\circ 回転した配座異性体をゴーシュ形という。ゴーシュ形はメチル基どうしの反発により,アンチ形より約 4\,\mathrm{kJ/mol} 不安定である。
シクロヘキサンのいす形の配座異性体J(図1-4)の各 \mathsf{C-C} 結合の投影図を考えると,すべてにおいて \mathsf{CH_2} どうしが( a )となる。また,\mathsf{C-C-C} がなす角が 109^\circ に近づくため,ひずみエネルギーをもたない。Jには環の上下に出た水素( \mathsf{H}^\mathrm{b},\mathsf{H}^\mathrm{y} )と環の外側を向いた水素( \mathsf{H}^\mathrm{a},\mathsf{H}^\mathrm{x} )がある。不安定なKを経て配座異性体Lへと異性化することで,水素の向きが入れ替わる。
③1,2-ジメチルシクロヘキサンには立体異性体MとNがある。立体異性体Mにはいす形の配座異性体としてエネルギー的に等価なもののみが存在する。④立体異性体Nにはエネルギーの異なる2つのいす形の配座異性体がある。
〔問〕
ア 下線部①について,化合物 I の構造式を示せ。
シクロプロパンはひずみエネルギーが大きいため,\mathsf{C-C} 結合が切れて,\mathsf{Br_2} や \mathsf{H_2} と反応し,より安定な状態になる。
イ 下線部②について,ブタンの配座異性体のエネルギーと角 \theta との関係の模式図として相応しいものを図1-5の⑴〜⑷の中から1つ選べ。なお,メチル基どうしの反発に比べ水素と水素,水素とメチル基の反発は小さい。
⑶
ウ 空欄( a )に入る語句として適切なものを以下から選べ。
アンチ形 重なり形 ゴーシュ形
図1-4(Jの投影図)から,ゴーシュ形になる。
ゴーシュ形
エ 下線部③に関して,最も安定ないす形の配座異性体の投影図を立体異性体M,Nについてそれぞれ示せ。投影図はメチル基が結合した2つの炭素の結合軸に沿って見たものをJの投影図(図1-4)にならって図示すること。なお,\mathsf{CH_2} とメチル基がゴーシュ形を取るときの反発は,メチル基どうしのそれと同じとみなしてよい。
問題の図1-6を色分けして表すと,図Aのようになる。
数字は炭素原子に付けた番号で,炭素1と炭素2の結合を炭素1の遠方から見て,投影図(ニューマン投影式)をつくると,図Bのようになる。
2つのメチル基は,(b,d),(b,e),(c,d),(c,e)の4通りの結合が考えられ,(b,d)と(c,e)がシス形,(b,e)と(c,d)がトランス形の立体異性体になる。それぞれの投影図をつくると,図Cのようになる。
シス形の(b,d)と(c,e)は,エネルギー的に等価であり,異性体Mはシス形,Nはトランス形と考えられる。
トランス形(b,e)には,アンチ形が2か所,ゴーシュ形が1か所が含まれ,トランス形(c,d)には,アンチ形が1か所,ゴーシュ形が2か所含まれる。よって,ゴーシュ形が少ない(b,e)の方がエネルギーが低く安定している。
オ 最も安定ないす形の配座異性体において,立体異性体M,Nのどちらが安定か選び,理由とともに答えよ。
図Cから,トランス形(異性体N)の(b,e)が,ゴーシュ形が1か所と最も少ないため,エネルギーが低く安定していると考えられる。
メチル基と \mathsf{CH_2} の位置関係は,立体異性体Mの最も安定ないす形の配座異性体では,アンチ形が1か所,ゴーシュ形が2か所で,立体異性体Nでは,アンチ形が2か所,ゴーシュ形が1か所なので,ゴーシュ形が少ない立体異性体Nがより安定である。
これまでの考察から,bとeになる。
b,e