電子配置

目次

微小な世界の現象

原子や分子,電子などのような微小な世界の現象は,波が粒子のような性質をもったり,粒子の集団が波のような性質をもったりしている。また,エネルギーの値がとびとびだったり,正確な位置と運動が同時に求められなかったりと,目で見える世界の現象とは異なっている。このような世界の現象を表すのに量子力学りょうしりきがくが用いられる。

量子力学で電子配置を考える

量子力学では,いくつかの量子数りょうしすう(整数のようなとびとびの数)を使う。電子配置は,次の4つの量子数で指定できる。

主量子数 n の値から,方位量子数 l ,軌道磁気量子数 m_l のとりうる値が決まる。たとえば,n=1 のとき l=0,\;m_l=0 になり,n=2 のとき l=0,\;1 で,l=0 では m_l=0l=1 では m_l=0,\;\pm 1 になる。スピン磁気量子数は n とは関係なく,m_s=\pm 1/2 のいずれかである。

n=1,\;2,\;3,\;\cdots がそれぞれK殻,L殻,M殻,…,l=0,\;1,\;2,\;\cdots がそれぞれ \mathrm{s} 軌道,\mathrm{p} 軌道,\mathrm{d} 軌道,…に相当する。また,m_s=\pm 1/2は,1つの軌道に電子が2個まで収容できることを示す。

n=1,\;2,\;3 について整理すると,次のようになる。

図1:各軌道と量子数の関係

構成原理

次の3つの規則(構成原理)が,原子の基底状態きていじょうたい(エネルギーが最も低く安定した状態)における電子配置を決める指針になる。

1.エネルギーの低い軌道から

より低いエネルギーの軌道から先に,電子が入っていく。それぞれの軌道のエネルギーの序列は,次の通りである。 1\mathrm{s}<2\mathrm{s}<2\mathrm{p}<3\mathrm{s}<3\mathrm{p}<4\mathrm{s}<3\mathrm{d}<4\mathrm{p}<5\mathrm{s}<4\mathrm{d}<5\mathrm{p}<6\mathrm{s}<4\mathrm{f}<5\mathrm{d}<6\mathrm{p}<\cdots

2.各軌道に入る電子は2個まで(パウリの排他原理)

同じ軌道に入る電子は2個までで,2個の電子はスピン磁気量子数が異なる。

4つの量子数(主量子数 n,方位量子数 l,軌道磁気量子数 m_l,スピン磁気量子数 m_s )で見ると,これらがすべて同じ状態で存在できる電子は1個のみになる。これをパウリの排他原理はいたげんりという。これは,電子のような粒子(フェルミ粒子)に対して成り立つ(補足② スピン量子数)。

3.フントの規則

\mathrm{p} 軌道には3つの軌道 \mathrm{p}_x,\;\mathrm{p}_y,\;\mathrm{p}_z があり,これらは同じ殻ならエネルギーは等しい。このような軌道は,まず先に各軌道に1個ずつ電子が入っていく。また,それらの電子は同じスピン磁気量子数になっている。これをフントの規則という。

たとえば,2\mathrm{p} 軌道では,次のような順に電子が入っていく。なお,スピン磁気量子数 m_s=+1/2 を「↑」,m_s=-1/2 を「↓」で表した。

図2:フントの規則

第4周期の元素

第4周期の元素の電子配置について考える。

4\mathrm{s} 軌道は,3\mathrm{d} 軌道よりエネルギーが低いため,構成原理1により,4\mathrm{s} 軌道から電子が入り,カリウム _{19}\mathsf{K},カルシウム \mathsf{_{20}Ca} の電子配置は,次のようになる。

なお,軌道の右上の小さな数字はその軌道に入っている電子の数,[\mathsf{Ar}] はアルゴン \mathsf{_{18}Ar} の電子配置 1\mathrm{s}^22\mathrm{s}^22\mathrm{p}^63\mathrm{s}^23\mathrm{p}^6 を示す。

続くスカンジウム \mathsf{_{21}Sc} から亜鉛 \mathsf{_{30}Zn} までは [\mathsf{Ar}]3\mathrm{d}^N4\mathrm{s}^2 (スカンジウムが N=1,チタン \mathsf{Ti}N=2,…)と表すことができる。たとえば,

となる。

ただし,クロム \mathsf{_{24}Cr} と銅 \mathsf{_{29}Cu} は例外で,次のようになる。

これは, 3\mathrm{d}^53\mathrm{d}^{10} のエネルギーが低い状態になるため,4\mathrm{s} 軌道の電子1個が 3\mathrm{d} 軌道に移ると考えられる。

ガリウム \mathsf{_{31}Ga} からは 4\mathrm{p} 軌道に電子が入っていく。

電子配置と周期表

電子が軌道を満たしていく領域を,周期表上に色分けして示すと,次のようになる。

図3:電子配置と周期表

周期表の一定のブロックで,それぞれの軌道が電子で満たされていて,電子が満たされていく軌道の順がわかる。

補足

補足① 電子スピンの発見

コイルに電流を流すと磁場が生じるように,電子が運動すると磁場ができる。電子が軌道の中で運動(「電子の公転」)することによって,原子の中に磁気モーメント(極小の棒磁石のようなもの)ができる。これに相当する量子数が方位量子数 l,軌道磁気量子数 m_l である。

水素原子は,1\mathrm{s} 軌道に1個の電子をもつ。1\mathrm{s} 軌道は軌道磁気量子数 m_l=0 で,磁気モーメントをもたない。したがって,図4のような装置を使って,水素原子のビームを不均一磁場の中に通すと,まっすぐ進むはずである。ところが,水素原子のビームは2つに分裂した。

水素原子に発見された未知の磁気モーメントは,「電子の公転」に対して「電子の自転」(電子スピン)によるものと想定した。ただし,「電子の公転」や「電子の自転」は,あくまで目に見える世界の現象からの類推で,量子力学における現象はこれらとは違ったものである。

図4:電子スピンの発見

なお,均一磁場では,棒磁石に働く力がつり合ってしまうので,上側と下側とで磁場の強さが異なる不均一磁場を使う。

図5:均一磁場と不均一磁場

電子スピンの発見につながった「シュテルン-ゲルラッハの実験」(1922年)は,銀原子のビームを使ったものだったが,ここでは簡単にするため,水素原子のビームで説明した。

補足② スピン量子数(フェルミ粒子とボーズ粒子)

方位量子数 l と軌道磁気量子数 m_l に合わせて,スピン量子数 s とスピン磁気量子数 m_s を考えた。しかし,s=1 とすると,m_s=0,\;\pm 1の3つの状態ができてしまうが,電子スピンによる磁気モーメントは,実験からは2種類しかない。そこで,s=1/2m_s=\pm 1/2 とした。

スピン量子数 s には,電子のように半整数になる粒子(フェルミ粒子)と,整数になる粒子(ボーズ粒子)とがある。パウリの排他原理はフェルミ粒子について成り立つ。