【進化View】形質の進化とその未来

形質の進化とその未来

昆虫に感染するボルバキアという細菌は,宿主の卵細胞に侵入して細胞質に感染することで,子世代の宿主へ伝わっていく性質をもつ。一方,宿主の精子にはボルバキアが感染できる細胞質がなく,雄から子世代へは伝わらないため,雄に感染したボルバキアは次の宿主へと移れないまま死んでしまう。そのためボルバキアは,宿主の性比を雌に大きく偏らせるための形質を進化させた。ボルバキアは,宿主の雌の卵巣内で雄の受精卵を殺したり,雄の発生過程を操作して雌に変えてしまったりする。

下の表は,サモアのウポル島で,野外で採集したあるチョウの雌を飼育し,ボルバキア感染の有無や産んだ卵の性比,ふ化率を調べたものである。この調査では,採集した64匹のチョウのうち,63匹ものチョウがボルバキアに感染していることが確認された(表のA~C)。これらのチョウの卵を調べると,ボルバキアの感染がないチョウ(表のD)が産んだ卵の性比は1:1である一方で,ボルバキアの感染が見られたチョウのうち61匹(表のA)は産んだ卵がすべて雌であり,他2匹(表のB,C)も大半が雌であった。また,卵のふ化率が100%となったのもボルバキアの感染がないチョウだけであり,他のチョウの卵では雄が殺された可能性が示唆される。

このようにしてボルバキアは,雌の宿主を増やし,自分たちの子孫がより多く残りやすくなるようにしている。しかし長期的に考えた場合,この戦略は宿主の絶滅を招き,ボルバキアにも不利に働く可能性がある。ボルバキアの影響で宿主集団のほとんどが雌となった場合,そのうち雄が足りなくなり,宿主は子孫を残すことができずに絶滅してしまう可能性がある。その場合,感染しているボルバキアも共に絶滅してしまうことになる。このように自然選択は,あくまで現在の環境に適した形質を選別して進化を促すのであり,未来の環境での生存や繁栄を必ずしも保証するわけではない。現在の世代に最も適した形質を進化させることで,生息する環境に悪影響を及ぼすなど,その種にとって不都合な状況をつくり出してしまう可能性もある。

【参考文献】

  • 酒井聡樹,高田壮則,東樹宏和.生き物の進化ゲーム -進化生態学最前線:生物の不思議を解く[大改訂版].共立出版,2012
  • Dyson EA, Hurst GDD. Persistence of an extreme sex-ratio bias in a natural population. Proc Natl Acad Sci U S A 2004; 101:6520–6523