【進化View】オオヒゲマワリ類の進化

オオヒゲマワリ類の進化

オオヒゲマワリのなかま

湖沼や田んぼなどに生息するオオヒゲマワリ(ボルボックス)は直径0.2~1.3mmの球形の緑藻で,2本の鞭毛をもった数千個の細胞が外側に並び,球の内部には生殖細胞または生殖細胞が分裂してできた娘個体が入っている。オオヒゲマワリはその名の通り,水中を回転しながら移動する。

また,同様の環境には単細胞で2本の鞭毛をもつ緑藻のクラミドモナスも生息している。オオヒゲマワリの外側の細胞とクラミドモナスはよく似ており,オオヒゲマワリはクラミドモナス様の生物が多細胞化してできたと考えられている。

緑藻類には,細胞数が4個のテトラバエナ,8,16または32個の細胞が平板状に並んだゴニウム,細胞数が8,16または32個のパンドリナ,ふつう16または32個のユードリナなどが存在する。これらは,クラミドモナス様の生物からオオヒゲマワリに至る過程で分岐したことが,それぞれのゲノム(注1)の比較で明らかにされている。

オオヒゲマワリ類の進化における多細胞化

ゴニウムはオオヒゲマワリ類の中で球状群体をもつパンドリナなどよりも早く,今から約2億年前に出現したと考えられている。2016年にゴニウムの全ゲノム配列が解読され,多細胞化の初期段階のかぎとなる遺伝子が発見された。

その遺伝子は,細胞周期の調節に関わる遺伝子で,たとえば,RB遺伝子は,ヒトの網膜芽細胞腫のがん抑制遺伝子と相同(注2)のものであった。ゴニウムのRB遺伝子をクラミドモナスで働かせると,多細胞体のようにいくつかの細胞が集まった形態をとった。また,RB遺伝子を制御しているCycD1遺伝子はクラミドモナスのゲノム中には1個だけ存在するが,ゴニウムとオオヒゲマワリでは4個存在していることもわかった。

オオヒゲマワリの多細胞の球体を形成しているのは,クラミドモナスの細胞壁に相当するものが変化したゼラチン状基質である。オオヒゲマワリのゲノム中ではゼラチン状基質の形成に関係している遺伝子の数が著しく増加しているが,ゴニウムでは増加は認められないので,これらの遺伝子が多細胞体の増大に関与すると考えられている。

したがって,「多細胞化」においては,細胞周期を調節する遺伝子群がまず進化し,その後に多細胞体の増大や細胞の役割分担に関連する遺伝子が増加・進化したと推測される。

オオヒゲマワリ類の進化における体細胞の分化

クラミドモナスは単細胞生物なので,生物の体そのものが分裂して新しい個体をつくる。また,テトラバエナやゴニウム,パンドリナ,ユードリナでは,すべての細胞が分裂して新しい個体をつくる。たとえば,16個の細胞でできているゴニウムからは16個の新しい個体ができる。これらの生物では,体をつくる細胞が生殖をしているのである。一方,オオヒゲマワリでは生殖細胞と体細胞の分化が見られ,生殖細胞は分裂して新しい個体をつくるが,体細胞は新しい個体をつくらずやがては死滅する。すなわち,オオヒゲマワリの進化の過程で,生殖をする細胞から体細胞が分化したことになる。この体細胞の分化にはregAとよばれる遺伝子が関わることもわかっている。regA は体細胞において生殖機能を抑える働きをもつので,regAが働かなくなった個体では体細胞に相当する細胞も新しい個体をつくることができる。regAは,オオヒゲマワリの進化の過程で,オオヒゲマワリとクラミドモナスの共通祖先がもっていた遺伝子がコピーされ,その遺伝子が変化することで誕生したと推測されている。

注1:ゲノム

その生物の個体の形成や維持に必要なすべての遺伝情報(DNAの塩基配列)の1組。

注2:相同

異種の生物で見られる類似性のうち,形態や機能が違っても,起源が同じである関係のこと。たとえば,ウマの前肢とコウモリの翼は相同である。

【動画】

緑の宝石 ボルボックスの秘密(NHK for School)

オオヒゲマワリ(ボルボックス)の体の構造や生殖方法を解説した動画を視聴できる。

【参考ウェブ】

  • “ゲノム解読で初めて明らかになった多細胞生物のはじまり-ヒトではがんを抑制する「多細胞化の原因遺伝子」 -”. 東京大学大学院理学系研究科・理学部. 2016. https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2016/4667/

【参考文献】

  • 西井一郎. “ボルボックスの分子生物学-最近の進展-”. 藻類第56巻 第1号. 日本藻類学会, 2008
  • 中山剛,山口晴代. プランクトンハンドブック 淡水編. 文一総合出版,2018
  • 月井雄二. 原生生物 ビジュアルガイドブック 淡水微生物図鑑. 誠文堂新光社,2011