【進化View】乱獲

乱獲

通常,魚類は生存力の高い子孫をより多く残すために,十分大きくなってから成熟して繁殖を開始する。しかし,漁業では一般的に大きな魚を捕獲するため,同じ種の魚の中でも大きな個体は子孫を残しにくく,体が小さいうちから成熟して早く繁殖を始める個体の方が子孫を残しやすくなる。すなわち,漁業で大きな個体が捕獲される状況では,成熟する時の体の大きさが小さくなるように自然選択が働くと考えられる。

北大西洋に生息するタイセイヨウダラのうち,カナダの大西洋沿岸の個体群は,数百年の間この地方の漁業を支えてきた。しかし,1980年代から行われた過剰な捕獲(乱獲)により,2007年には,この地方に生息する個体数が1977年の1%にまで減ってしまった。1980年と1987年に生まれた個体を比べると,1987年に生まれた個体の方が,より小さいうちに成熟して繁殖を開始していた。

一般に,魚類が成熟する年齢と体のサイズは,環境要因と遺伝的要因 によって決まる。魚が早熟になる変化が,環境要因によって起こったのか,遺伝的要因によって起こった進化なのかを調べるにはどうすればよいだろうか。

魚は,成長が早いときは成熟年齢が低く,成長が遅いときは成熟年齢が高くなると考えられる。ある魚の年齢と体のサイズを図1のようにグラフに表す。青の矢印は,ある個体の成長の過程を示し,青の帯は個体群における各個体の成長の過程をまとめて表している。環境によって各個体の成長速度は異なるが,ある年齢と体のサイズに達すると成熟する。成熟のタイミングをグラフの赤の実線で示す。これによって,成長の速度が異なる場合の成熟年齢をまとめて示すことができる。この線を反応基準(reaction norm)という。実際には,成熟が起こるのは全く同じタイミングではなく確率的に決まるので,確率を含めた幅をもつ線である。

魚が早熟になる,という現象が観測されたとき,図2の左側のようであったとしよう。これは,環境の変化の影響により魚の成長速度が大きくなったため,早熟になったことを示す。このとき,反応基準には変化がない。一方,右側に示すようになったとしよう。このときは,成長速度は同じであるが,反応基準が変化したため,早熟になったことを示す。

反応基準は,様々な環境におけるこの魚の成熟の特徴を表しているといえる。反応基準が変化したということは,この魚に遺伝的な変化,つまり,進化があったことを示すと考えられる。

カナダの大西洋沿岸におけるタイセイヨウダラの,測定された成熟年齢と体のサイズの関係を図3に示す。図の青の破線は平均的な成長の過程(平均成長曲線)を示し,赤の実線は50%が成熟することを示す反応基準である。1980年では,平均的に約6歳で50%が成熟していたのに対し,1987年ではこの年齢は約5歳にまで減少している。この反応基準の変化は,早熟となる進化が起こったことを示している。

【参考文献】

  • 酒井聡樹,高田壮則,東樹宏和.生き物の進化ゲーム-進化生態学の最前線:生物の不思議を解く[大改訂版].共立出版,2012
  • Esben M. Olsen, Mikko Heino, George R. Lilly, M. Joanne Morgan, John Brattey, Bruno Ernande & Ulf Dieckmann, Maturation trends indicative of rapid evolution preceded the collapse of northern cod. 2004, Nature 428(6986), 932–935
  • 勝川木綿, 渡邊良朗 選択的漁獲による生活史の進化. 2010, 水産海洋研究 74(特集号), 84–89