食物連鎖と物質循環

リグニンの分解

植物のほとんどは移動せず,その場に留まって生育する。植物の体は,頑丈でほとんどの動物が消化できない物質でできている。それが,セルロースやリグニンである。セルロースは細胞壁を構成する主成分であり,β-グルコースがつながってできている。動物はセルロースを分解する消化酵素をもたず,セルロースを分解できるのは,セルラーゼをもつ細菌類や菌類である。草食動物の中には,胃や盲腸に細菌類をすまわせて,セルロースを分解しグルコースを得ているものもいる。

リグニン は,セルロースに沈着して硬くなる。これを木化という。樹木の幹や枝が黒褐色で硬くなっているのは,木化によるものである。木化した組織は頑丈になり,植物の体を支え,背を高くすることができる。リグニンは複雑な網目状構造の高分子化合物であり,非常に分解されにくい。リグニンを分解できるのは,白色腐朽菌とよばれる一部の菌類である。

地球の歴史の中で,リグニンを分解する菌類が登場し,炭素循環を大きく変えたと考えられている。リグニンを合成できるシダ植物が登場したのは,古生代シルル紀といわれている。リグニンを含む硬い維管束により背を高くして,森林を形成するようになった。石炭紀に入ると,木生シダの森林が広範囲に広がっていた。この時,リグニンを分解する菌類は地球上にほとんどおらず,分解されなかった木生シダの枯死体は地中に堆積し,石炭になった。

石炭紀にハラタケ綱の共通祖先となる菌類が登場し,リグニンの分解に必要な酵素であるペルオキシダーゼを獲得した。そして,石炭紀が終わる頃には,完全なリグニン分解能を持った菌類が登場したと考えられている。

石炭紀が終わりペルム紀に入ると,今まで分解されず堆積していたリグニンを含む植物遺体も菌類の働きによって分解され,二酸化炭素となって大気中に放出されたと考えられている。それまでは,植物が光合成をして取り込んだ二酸化炭素はリグニンを含む植物遺体として堆積していたため,大気中の二酸化炭素は減少していた。しかし,菌類がこれを分解できるようになったことで,大気中の酸素を消費し,二酸化炭素は増加していった。これがペルム紀末の低酸素による大量絶滅の一因となったという説もある(注1)。

図1:菌類の進化の道すじ

このように菌類が進化によってリグニンを分解する能力を持ったことによって,炭素循環が変化し気候に大きな影響を与えていた可能性がある。身近なところで,枯れ木を見つけた時によく観察してみよう。木が朽ちて白くなっていれば「白色腐朽」とよばれるもので,黒褐色のリグニンが分解されたことを示している。これによって,地球の歴史において炭素循環が大きく変わったことに思いを馳せてみるのも面白いであろう。

注1

ペルム紀末の大量絶滅の原因ははっきりしていない。大規模な火山活動によるものとする説も有力である。

【参考ウェブ】

【参考文献】

  • 長谷川政美.進化38億年の偶然と必然.国書刊行会,2020
  • 小川真.カビ・キノコが語る地球の歴史 菌類・植物と生態系の進化.築地書館,2013
  • Floudas D, Binder M, Riley R, Barry K, Blanchette RA, Henrissat B, Martínez AT, Otillar R, Spatafora JW, Yadav JS, Aerts A, Benoit I, Boyd A, Carlson A, Copeland A, Coutinho PM, de Vries RP, Ferreira P, Findley K, Foster B, Gaskell J, Glotzer D, Górecki P, Heitman J, Hesse C, Hori C, Igarashi K, Jurgens JA, Kallen N, Kersten P, Kohler A, Kües U, Kumar TK, Kuo A, LaButti K, Larrondo LF, Lindquist E, Ling A, Lombard V, Lucas S, Lundell T, Martin R, McLaughlin DJ, Morgenstern I, Morin E, Murat C, Nagy LG, Nolan M, Ohm RA, Patyshakuliyeva A, Rokas A, Ruiz-Dueñas FJ, Sabat G, Salamov A, Samejima M, Schmutz J, Slot JC, St John F, Stenlid J, Sun H, Sun S, Syed K, Tsang A, Wiebenga A, Young D, Pisabarro A, Eastwood DC, Martin F, Cullen D, Grigoriev IV, Hibbett DS. The Paleozoic origin of enzymatic lignin decomposition reconstructed from 31 fungal genomes. Science. 2012 Jun 29;336(6089):1715-9