真核生物の発現調節

遺伝子発現における両親の対立

ゲノムインプリンティングは,両親から1つずつ受け継いだ遺伝子のうち,一方の親からの遺伝子のみが働く現象である。哺乳類の細胞は父親と母親由来の染色体を1セットずつもつ2倍体であり,通常,遺伝子はどちらの染色体でも同じように発現する。しかし,ゲノムインプリンティングが起こった遺伝子は両親どちらかのものしか発現していないため,その遺伝子の働きに関しては1倍体と同じ状態になっている。2倍体であれば潜性の有害な形質が現れにくいというメリットがあるが,ゲノムインプリンティングはそれを捨てていることになる。このような遺伝子発現のしくみが進化するには,潜性の有害な形質が現れやすいという不利益を上回るメリットがあるはずである。

ゲノムインプリンティングが進化した理由についてはいくつかの仮説がある。その1つに,自分の遺伝子を少しでも高い確率で残すため,父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子の間に,母体から胚への栄養供給に関する対立があるという「コンフリクト仮説」が挙げられる。

父親にとっては,自分の子が強いほど有利である。そのため,子をできるだけ大きくするように遺伝子発現の調節が行われる。一方母親にとっては,1回の出産の負担を減らして出産の機会を増やす方が有利である。出産の負担を小さくするため,また後に産む子にも栄養を分け与えるため,子を小さくするように遺伝子発現の調節が行われる。つまり,父親由来の遺伝子は胎児の成長を促進するように働くが,母親由来の遺伝子は胎児の成長を抑制するように働く。このような対立から,哺乳類ではゲノムインプリンティングというしくみが生まれたと考えられている。実際にゲノムインプリンティングは,哺乳類の胎児の成長率を増加させたり減少させたりする遺伝子によく見られる。

【参考文献】

  • Moore T, Haig D. Genomic imprinting in mammalian development: a parental tug-of-war. Trends Genet. 1991 Feb;7(2):45-9.
  • 中村千春.基礎生物学テキストシリーズ1 遺伝学.化学同人,2007
  • 小原雄治,吉川寛,伊藤隆司,上野直人,佐々木裕之,中井謙太.現代生物科学入門1 ゲノム科学の基礎.岩波書店,2009