【進化View】発酵から呼吸へ

発酵から呼吸へ

現在の発酵と呼吸の共通点

生物が最初に獲得したエネルギー生産システムは現在の発酵と同じような反応であったと考えられている。発酵は,有機物を分解しながらエネルギー(ATP)を得る方法で,この経路には呼吸の解糖系と共通する部分がある。発酵に,ミトコンドリアで起こる反応系が加わって呼吸の反応経路が生まれたと考えられている。現在の呼吸の反応は,解糖系,クエン酸回路,電子伝達系の3つに分けることができるが,グルコース1分子が分解されたときに生じるATPの内訳は,それぞれ2分子,2分子,34分子であることから,電子伝達系の獲得が,生物のエネルギー生産の進化のうえで最も大きなイベントであったことは間違いない。

発酵と電子伝達系の進化

初期の生物は,非生物由来の有機物が豊富な環境に生息しており,生物は発酵によってそれらの有機物を有機酸に分解する過程でATPを得て,生じた有機酸を老廃物として細胞外に排出していたと考えられている。このために周囲の環境が酸性になると,ATPを消費してHをくみ出すHポンプ(タンパク質)を細胞膜にもつような生物が出現し,細胞の内部のpHを正常に保つようになった。次に,ATPを消費せずに,膜タンパク質による電子伝達を利用してH+をくみ出すしくみを獲得したものが現れた。その後,ATPを消費するHポンプを逆向きに動かし,ATP合成酵素として機能させるものが現れた。このATP合成酵素と,膜タンパク質による電子伝達を利用してHをくみ出すしくみとが合わさったものが,現在の電子伝達系の出発点になったと考えられている。

好気性細菌の共生

約20億年前に大気中の酸素濃度が現在の濃度の1%を超え,酸素を使った反応が可能な環境になると,クエン酸回路や電子伝達系をもつ好気性細菌が誕生し,これが真核生物の祖先にとりこまれて共生をはじめ,現在のミトコンドリアとなったと考えられている。

真核生物の祖先が細胞質基質にもっていた嫌気的に有機物を分解する代謝経路と,好気性細菌がもっていた反応系とが連携することによって,酸素を使って有機物を最終的に水と二酸化炭素に分解し,効率よくATPを合成することができるようになった。その結果,真核生物は好気性生物として,多くのエネルギーを生産・消費できるようになり,細胞も大型化し,活発な生命活動ができるようになった。

細胞小器官としてのミトコンドリア

共生した好気性細菌は,独立した細胞としてのさまざまな機能を消失して単純化し,やがてミトコンドリアとなった。このため,現在のミトコンドリアは細胞外にとり出しても,単独で生きていくことができない。

また,好気性細菌が真核生物にとりこまれた後,好気性細菌がもっていた多くの遺伝子は核へ移行してしまった。そのため,ミトコンドリアは独自に分裂して増殖するが,これには核に移された遺伝子からつくられたタンパク質が必要である。動物のミトコンドリアのゲノムは20kb以下と小さく,含まれる遺伝子数も50個以下と少ない。このことから,ミトコンドリアは核に支配されていると見ることもできる。このような見方から,ミトコンドリアを主人公とした小説もつくられている(注1)。なお,ミトコンドリアと同じように,原始的なシアノバクテリアが細胞内に共生してできた葉緑体も,多くの遺伝子が核に移行している。

注1

瀬名秀明.パラサイト・イヴ.新潮社,2007  映画・ゲーム化され話題になった小説。

【参考文献】

  • Bruce Alberts他著.中村圭子他監訳.細胞の分子生物学 第6版.ニュートンプレス,2017

【参考ウェブ】