個体群内の相互関係

血縁度と真社会性の発達

ハチ・アリの仲間などは,女王バチや働きバチ(ワーカー)のように,高度に役割が分化した集団生活をしている。これを真社会性 といい,真社会性をもつ昆虫を社会性昆虫という。これらの昆虫で真社会性が進化した理由として,血縁淘汰説が考えられている。これは,自分の子より姉妹の血縁度が高い場合,自分の子を育てるよりも,姉妹を育てる方が自分の遺伝子を残しやすく利益になるので,利他行動が発達したという考え方である。

ミツバチなど雄が半数体(n)の種において,血縁度を計算すると図1のようになる。ワーカー(雌)から見て,自分の子の血縁度が1/2 であるのに対し,同父姉妹の血縁度は3/4である。このため,自分の子を育てるより,同父姉妹の世話をした方が利益になる。しかし,異父姉妹の血縁度は1/4と,自分の子より小さい。姉妹の血縁度が自分の子よりも常に高くなるのは,女王が1匹の雄としか交尾しないときのみである。

それにもかかわらず,女王が複数の雄と交尾する社会性昆虫も存在する(例:ミツバチ,クロスズメバチ,ハキリアリなど)。例えば,ミツバチの女王は10~20匹の雄と交尾する。この場合,ワーカーにとっては,自分で産んだ子の血縁度の方が姉妹の平均の血縁度よりも高くなる。このような種でも利他行動が発達していることを説明する有力な説として,姉妹どうしが相互に監視し,互いの産卵を抑止し合っていると考える「ワーカーポリシング説」がある。ポリシングとは,ワーカーが産んだ卵が,他のワーカーに破壊されて取り除かれる行動である。

ワーカー(雌)が交尾をせずに雄を産む場合を考える。自分の息子の血縁度が1/2であるのに対し,兄弟(女王の息子)の血縁度は1/4であるので,これを比べただけでは,自分の息子を育てた方が利益になると思われる。しかし,自分の息子を育てる行動は,他のワーカーにより抑止されるように進化すると考えられる。

この理由 を,他のワーカーの息子の血縁度を比べることで考えよう。同父姉妹の息子(甥)の血縁度は3/8であるので,兄弟よりも同父姉妹の息子の血縁度の方が大きい。一方,異父姉妹の息子(甥)の血縁度は1/8であるので,女王が複数の雄と交尾するとき,他のワーカーの息子の血縁度は平均的に,兄弟の血縁度1/4以下になる。なので,姉妹の息子を排除し,兄弟を育てる方が利益になる。このため,ワーカーは互いに,他のワーカーが自分の子を育てないように監視し合う,すなわちポリシングが発達すると考えられる。

実際に複数の種で観察した結果,女王が多くの雄と交尾し,ワーカー間の血縁関係が小さい種ほど,ポリシングが発達していることがみられた。利他行動の進化 には,血縁だけでなく,社会的な制裁が重要となっているのである。

補足:血縁度の計算

雄が半数体(n)の種における血縁度は,次の計算で得られる。
自分が雌(2n)のとき,父,母,娘,息子の血縁度はそれぞれ1/2である(図2)。自分が雄(n)のとき,母の血縁度は1,娘の血縁度は1である(図3)。親戚の血縁度は,系図をたどる経路ごとにこの数値を掛け合わせ,複数の経路がある場合足し合わせることにより計算できる。
例えば,ワーカー(雌)から見て,兄弟の血縁度は,自分→母→兄弟(母の息子)の経路なので1/2×1/2=1/4である。同父姉妹の血縁度は,自分→父→姉妹(父の娘),自分→母→姉妹(母の娘)の2つの経路があるので,1/2×1+1/2×1/2=3/4である。

【参考文献】

  • N.B.Davies, J.R.Krebs, S.A.West[著], 野間口 眞太郎, 山岸 哲, 巌佐 庸[訳].デイビス・クレブス・ウェスト 行動生態学 原著第4版.共立出版,2015
  • Tom Wenseleers & Francis L. W. Ratnieks, Enforced altruism in insect societies 2006, Nature volume 444, p50