酵素の性質・補酵素

基質特異性の獲得

酵素の基質特異性

基質特異性とは「酵素は特定の基質としか反応しない」ということで,酵素と基質は「かぎとかぎ穴の関係」にたとえられる。酵素は活性部位とよばれる部分で基質と結合して,酵素-基質複合体をつくってから反応が起こるので,酵素は活性部位の立体構造にぴったりはまる基質としか反応しないことになる。

初期の生物の酵素

しかし,生命誕生後の初期の生物が現在の生物のように厳密な基質特異性をもつ酵素をもっていたとは考えにくい。また,遺伝子の数も多くなかったはずで,多様な酵素をつくることはできなかったと考えられる。このため,酵素と基質の関係も現在と比べるとかなり大雑把なもので,酵素の触媒としての能力も低かったと考えられる。たとえば図2のように,ある酵素は複数種類の基質(A~C)と結合して,複数の反応の触媒として機能したと推測されている。

初期の生物の酵素についての推測は,酵素の化石が残っていないことから以前は単なる想像に過ぎなかった。しかし,最近では酵素の遺伝子を比較解析することで,過去の生物がもっていた祖先型の酵素遺伝子の推定が可能になり,さらに遺伝子のDNA配列からタンパク質の立体構造を推定することができるようになった。この方法で,祖先型の酵素を実際に復元して触媒反応をみたところ,複数種類の基質と反応していたことが確認できたという。

基質特異性の獲得

酵素は,どのようにして基質特異性を獲得していくのだろうか。この過程は,図3のように考えられている。

多くの反応でそれぞれ異なる酵素が働くためには,遺伝子重複(注1)も重要な役割を果たしたと考えられる。酵素タンパク質の遺伝子が重複して増え,遺伝子が変化すると,活性部位の立体構造が異なる酵素が生じる。これが新たな基質と特異的に結合するようになるのである。

また,酵素が基質特異性を獲得していく際には,触媒活性も向上していったと考えられる。

現在の酵素が最も高い触媒活性をもつとは限らない

このように考えると,生物の長い歴史の中で基質特異性を獲得して触媒活性を向上させてきたのだから,現在の生物がもっている酵素の触媒活性は最高水準のものであろうと考えがちであるが,必ずしもそうとは限らない。米国のフランシス・アーノルド(Frances H. Arnold)は,ある酵素の遺伝子にランダムに突然変異(注2)を起こし,この突然変異した遺伝子を細菌で発現させた。次に,その中からもとの酵素よりも大きな活性を示す酵素を選択し,再び突然変異を起こすことを繰り返した。これによって,もとの酵素よりも250倍近い酵素活性をもつ酵素が得られた。この手法は,自然に起こる進化を人為的に起こすもので「指向性進化」とよばれており,進化を再現するような側面もある。現在この手法は,バイオ燃料や医薬品などの製造に応用されている。2018年のノーベル化学賞はタンパク質の進化分子工学分野の研究者に贈られ,アーノルドも他の2人の研究者とともに受賞している。

注1:遺伝子重複

遺伝子のコピーがつくられること。

注2:突然変異

DNAや染色体が変化すること。

【参考文献】

  • 亀谷将史.逆進化は“specialist”の壁を破るか?―酵素工学の視点から―.生物工学会誌,92(5), 238–342.2016
  • Taryn L. O’Loughlin, Wayne M. Patrick, Ichiro Matsumura, Natural history as a predictor of protein evolvability, Protein Engineering, Design and Selection, Volume 19, Issue 10, October 2006, Pages 439–442

【参考ウェブ】