植物とストレス~アブシシン酸のはたらきと輸送~

植物と動物の違いは何でしょうか。大きな違いは,自分の力で移動できるかどうかです。植物は,環境からさまざまなストレス(低温,強光,乾燥など)を受けても,ストレスから逃れるために自力で移動することはできません。しかし,植物ホルモンによって成長や生理作用を調節し,環境に適応することで,一度根を下ろした場所から移動することなく生育しています。アブシシン酸は,植物のストレス耐性に関わっている植物ホルモンです。例えば,空気の乾燥が進むと植物体内でアブシシン酸の量が増加し,孔辺細胞の浸透圧を減少させることで気孔が閉じて,体内の水分が保持されます。

アブシシン酸は,その合成酵素がおもに維管束周辺に分布していることから,維管束周辺で合成されていると考えられています。そして,例えば孔辺細胞などの,維管束から離れた細胞で働く訳ですが,その輸送のしくみには不明な点が多くあります。動物においては,ホルモンは血液によってからだ全体に運ばれますが,植物には動物の循環系にあたるものがないため,植物ホルモンの輸送方法は長年の疑問でした。しかし近年の研究によって,アブシシン酸の輸送のしくみが,徐々に明らかになりつつあります。

2009年~2010年にかけて,アブシシン酸の輸送タンパク質が初めて見つかりました。輸送タンパク質は,生体膜に存在する膜タンパク質で,膜を横切って物質の輸送を行います。このとき,アブシシン酸を細胞内から細胞外へ排出する輸送タンパク質が維管束周辺に存在することと,細胞内に取り込む輸送タンパク質が葉の孔辺細胞に存在することが発見されました。また,この輸送タンパク質は,細胞膜に存在し,ATPのエネルギーを用いて能動的に物質を輸送することもわかりました。そのため,この研究成果は,植物体内でのアブシシン酸の能動的な移動のしくみの存在を示すものとして注目されました。その後もいくつかの輸送タンパク質がみつかっており,アブシシン酸輸送のしくみの全容の解明が期待されています。

アブシシン酸に関する知見を,ストレスに強い耐性をもった植物の開発に応用すれば,今まで作付できなかった乾燥地なども農耕地として利用できるようになるかもしれません。また,植物体内でのアブシシン酸の輸送を制御できれば,目的の細胞(孔辺細胞など)にアブシシン酸を届け,植物のストレス耐性を増加させることができるかもしれません。このように,様々な技術へ応用できる可能性があるため,アブシシン酸について理解することは重要な課題であると考えられており,今も研究が進められています。

【参考ウェブ】

理化学研究所