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ガリレイ

ガリレイ

似顔絵:たしろさなえ

プロフィール

Galileo Galilei

イタリア

1564年2月15日 ~ 1642年1月8日

おもな業績

  • 振ふり子この等とう時じ性せいの発見(1604年) 振り子は,振ふれ幅はばが変わっても,往おう復ふくにかかる時間は変わらないことを発見した。
  • 落らっ下か運うん動どうの究明(1604年) 質しつ量りょうに関係なく,物ぶっ体たいは同じ速はやさで落下することを示した。
  • 望ぼう遠えん鏡きょうによる天てん体たいの観測(1610年) 望遠鏡をつくって観測を行い,木もく星せいの衛えい星せいを発見などをした。

解 説

当時の学校では,古代ギリシアのアリストテレスの考えが正しいと教えられていました。そのような中でガリレイは,自然現象について自分で考え,アリストテレスの考えに反対しました。

医学生だったある日,ガリレイは天てん井じょうからつり下げられたシャンデリアが,ゆっくりと左右にゆれているのを見つめていました。自分の脈みゃく拍はくを時計がわりにしてその周しゅう期き(1往復にかかる時間)をはかりました。すると,シャンデリアのゆれの幅が小さくなっても,周期が変わらないこと(振り子の等時性)がわかりました。

また,アリストテレスの説明では,重いものが速く落下し,軽いものはゆっくり落下するはずでした。ガリレイは,大きさが同じで重おもさがちがう鉛の球とカシの木の球を,同じ高さから落として実験したところ,両者はほとんど同じ速さで落下し,アリストテレスの説明に矛む盾じゅんがあることが確かめられたといわれています。

さらに,望遠鏡をつくり,月の表面に地球と似た山や谷があること,金きん星せいが月と同じように満みち欠かけをすること,木星のまわりを4つの衛星が回っていることなどを発見しました。これらの観測からガリレイは,地球が太たい陽ようのまわりを回っているというコペルニクスの地ち動どう説せつを支持するようになりました。

ガリレイは地動説をまとめ,「天文対話」という本を出しゅっ版ぱんしましたが,教きょう会かいの怒りをかい,宗教裁判にかけられました。その結果,地動説を認めないと約束させられ,謹きん慎しんの身とななりましたが,「それでも地球は動く」とつぶやいたといわれています。