ヒトと魚は似ている?(後編)

前回の生物通信では,脊つい動物の発生において,次のような観察事実が見られることをお話しました。

  • 脊つい動物の発生中期の尾芽胚)はよく似ている。
  • その類似性は発生中期(脊つい動物では尾芽胚)に最も顕著であり,発生初期や発生後期の胚は多様である。

このような傾向は,脊つい動物以外の動物門でも観察されています。

これにもとづいて,「個体発生の中期には進化上変更が加わりにくい時期(ファイロティピック期)が存在する」とする説が登場しました(1990年代)。胚の形態の多様性が「大→小→大」と移り変わるイメージが砂時計の形に似ていることから,この説は砂時計モデルとよばれます。

砂時計モデルが抱える大きな問題点は,形が「似ている」か「似ていない」かの判断が難しいことです。観察に使う生物や観察する部位を変えると,それまで見えていた共通点がなくなったという例はいくつも報告されており,それを理由にファイロティピック期の存在そのものを疑問視する専門家もいます。明確な証明が難しい砂時計モデルは,その誕生から大きな進展を見ないまま,20年近い年月をへることになりました。

しかし,最近,ファイロティピック期の存在を裏付ける証拠が,遺伝子研究の分野から相次いで発表され,砂時計モデルが再び注目を集めています。最新の研究成果として,昨年12月,科学雑誌「Nature」に掲載された2本の論文をご紹介しましょう。

1報目は,近縁な6種のハエを用いた研究です。研究グループは,ハエの個体発生の各段階で働く遺伝子のリストをつくり,それを6種の間で比較しました。その結果,発生初期と後期に発現している遺伝子にはによって大きな違いがあったにも関わらず,発生中期にはどの種も似た遺伝子を発現する傾向が強いことがわかりました。さらに,発生中期に多くの種で共通して発現する“砂時計パターン”を示す遺伝子には,重要な発生過程に関わるものが多かったといいます。

もう1報では,魚類の一種であるゼブラフィッシュの胚を用いて,発生の各段階で発現している遺伝子のリストが作成されました。その結果,発生中期に発現している遺伝子には進化的に古い遺伝子が多く,発生初期や後期に働く遺伝子には比較的最近進化した遺伝子が多いことが明らかになりました。同様のパターンはハエやセンチュウでも見られ,この傾向が動物門を超えて成り立つことが示されています。

これらの報告から,発生中期に働く遺伝子は種を超えてよく保存されており,進化の過程で簡単に変化しないような拘束が働いていると考えることができます。単なる見た目ではなく,具体的な遺伝子の観点からファイロティピック期の存在が客観的に示されたことは,砂時計モデルの強力な裏付けになります。

では最後に,ヒトと魚の胚が似ている理由について,もう一度考えてみましょう。
発生中期のヒトの胚が魚とよく似ているのは,からだづくりに関わる共通の遺伝子が働いているからだと考えられます。そして,この遺伝子は,私たちの祖先に脊つい動物特有の体制を獲得させた,重要な遺伝子たちだったのかもしれません。