ヒトと魚は似ている?(前編)

ヒトと魚を見分けられますか?
一見,これはたやすいことのように思えます。ヒトには魚のようなえらも無ければ尻尾もありません。おとなのヒトと魚を比べると,その違いは明らかです。

ヒトの胚(5週目)
ヒトの胚(5週目)

ところが,受精後5週目頃のヒトの胚の図を見ると,尻尾があるのに気づきます。首の周辺にある“えらひだ”は,魚の胚に見られるえらの原基と相同のものです。驚くべきことに,この時期のヒトは魚にそっくりなのです。

この現象は,ヒトと魚に限らず,すべての脊つい動物においても成り立ちます。次の図は,さまざまな脊つい動物の発生中期(尾芽胚の頃)の胚を比較したものです。

胚の比較
胚の比較

魚類からほ乳類まで,全く似ても似つかない生物が,発生過程をさかのぼると同じような姿をしていることは,何とも不思議です。どうしてこんなことが起こるのでしょう。

この謎に対して進化の観点から挑んだのが,エルンスト・ヘッケルです。ヘッケルは,このような観察事実にもとづき,次のような説を打ち出しました(1866年)。

  • 進化は個体発生の最終段階に新たなイベントが順々に付加されることによって起こる。
  • 個体発生の過程は系統発生の行程を急速に反復している。つまり,個体発生の各段階で見られる形態は,そのまま祖先の(成体の)姿である。

発生反復説とよばれるこの説は,進化と発生を結びつけた画期的なものであり,現代の生物学にも根強い影響を残しています。

ヘッケルの説は発生中期のヒト胚がえらをもつ理由を美しく説明するように見えますが,いくつかの問題点が指摘されています。

ヘッケルの解釈によると,えらをもつ時期のヒト胚は,遠い昔,私たちの祖先が魚類だった時代の姿であると考えられます。しかし,ヒト胚がもつえらひだは実際にはえらとしての機能を果たさないため,これが魚のような生物として実際に生きていたとは考えにくいでしょう。ヒトの胚は魚に似ているのではなく,魚の胚に似ているのです。

また,ヘッケルによると,発生過程を中期から初期へさらにさかのぼれば,胚の形の共通性はますます大きくなると期待されます。しかし実際には,発生初期のヒトと魚の胚を比べると,意外と違いが大きいことがわかっています。たとえば卵割期では,全割を行うヒトの胚と盤割を行う魚類の胚とではまるで様子が異なります。また,胞胚期には,ヒトの胚を構成する細胞は栄養芽層と内部細胞塊に分かれますが,これは子宮への着床というほ乳類に特有のイベントに関わる新しい形質です。このような進化上新しい形質が発生の初期に表れることは,発生反復説では説明がつきません。

ヘッケルの説が正しくないとすると,発生途中のヒトの胚が魚に似ている理由はどのように説明できるのでしょうか。