新種のクロロフィル

高校生物の教科書にも登場する光合成色素クロロフィル」に,新種が見つかったことが,先月,オーストラリアの研究グループによって発表されました。新しいクロロフィルの報告は,およそ60年ぶりの快挙です。面白いことに,研究者らにとって今回の発見は予想外で,本来の目的は別にあったといいます。彼女らは一体どんな経緯でこの歴史的な発見に至ったのでしょうか。

クロロフィルはこれまでに4種類が知られていました(クロロフィルa,b,c,d)。
クロロフィルaは最も主要なクロロフィルであり,ほぼすべての陸上植物,藻類,シアノバクテリア(ラン藻類)において中心的な役割を果たします。クロロフィルbは陸上植物と一部の藻類に,クロロフィルcは一部の藻類に含まれ,クロロフィルaの働きを補助すると考えられています。クロロフィルdは,最初に記録されてから長い間実体が解明されず,一時は「まぼろしのクロロフィル」ともいわれました。ところが,1996年に単細胞シアノバクテリアの一種で偶然に再発見され,その働きがようやく解き明かされつつあります。

光合成におけるクロロフィルの働きは,特定の波長の光を吸収し,その光エネルギーを化学エネルギーに変換することです。長年研究の主流だったクロロフィルa~cの吸収波長が可視光の範囲(400~700 nm)にとどまっていたため,つい最近まで,光合成に利用できる光は波長が短い可視光のみだと信じられていました。しかし,クロロフィルdが,可視光よりも波長の長い赤外光(赤外線)を吸収することがわかり,これまでの常識がくつがえされました。
光のエネルギーの大きさは波長に反比例することから,クロロフィルdは低エネルギーの光を効率的に利用するしくみをもつと考えられ,人工光合成システムなどへの応用も期待されます。また,クロロフィルdが世界中の海や湖に広く存在することが最近明らかになったため,これまで無視してきた波長の光を考慮した上で,地球全体の物質生産と環境問題を見直す必要も出てきました。たった1種の生物でしか報告されていないマイナーな光合成色素であるにも関わらず,クロロフィルdは多くの注目を集めています。

今回新種のクロロフィルを発見した研究グループも,当初はクロロフィルdを探すことを目的としていたそうです。クロロフィルdをもつ唯一の生物例がシアノバクテリアであること,赤外光は可視光に比べて物質を透過しやすいことなどから,彼女らは,ストロマトライト(※1)の奥に生息するシアノバクテリアの中にクロロフィルdをもつものがいるだろうと考えました。オーストラリアには,現生のストロマトライトの貴重な産地,ハメリンプールがあります。ハメリンプールのストロマトライトから採取したサンプルを波長720 nmの赤外光の下で培養し,生き残った細胞からクロロフィルを抽出すれば,赤外光を利用する能力をもつクロロフィルdが取れるだろう,というのが彼女らの予想でした。
しかし,実験の結果見つかった色素は,a~dのどのクロロフィルとも異なるものだったのです。

新しい色素は「クロロフィルf」と名付けられました。クロロフィルfは,既知のクロロフィルとわずかに化学構造が異なるだけですが,どれよりも長い波長の赤外光を吸収することができます。ストロマトライトに含まれる多様な微生物の中から,クロロフィルfをもつ生物を特定するのは困難ですが,もしその生物の中でクロロフィルfが本当に光合成に使われているのだとすれば,赤外光を光合成に利用できる第二の生物例(※2)ということになります。

前述のように,赤外光を利用する光合成の研究は,工業的にも生態学的にも重要な意味をもちます。今後の進展が楽しみでなりません。

※1 ストロマトライト…シアノバクテリアが出す粘液に砂などが混じって,層状のかたまりになったもの。
※2 光合成細菌(バクテリオクロロフィルをもつ)の中には,赤外光を用いて光合成を行うものがいる。したがって,正確には「赤外光を酸素発生型光合成に利用できる第二の生物例」。