メンデル 当時の評価

遺伝の法則を発見したメンデル(1822~1884)。メンデルは修道院の司祭でした。なぜ,修道院で生物学の研究なのでしょうか。

当時の修道院は学問の中心でした。メンデルのいた修道院には植物や鉱物の標本があり,修道士は聖職者としての仕事だけでなく,教師の仕事や研究も行っていました。

メンデル自身も教師をつとめており,生徒にも同僚にも慕われる良い先生だったようです。研究についても,今では遺伝の法則が有名ですが,メンデルの研究分野はもっと広いものでした。気象や太陽の黒点,地下水位,ミツバチの観察,花の品種改良なども行っていました。ちなみに遺伝の法則は,発表当時は受け入れられず,認められたのはメンデルの死から16年後の1900年。そのため,新聞の死亡記事では,司祭としての功績,気象や農業の研究に関する功績は書かれていても,遺伝の法則には触れられなかったそうです。今の視点で見ると,意外な話ですね。

なお,メンデルは晩年,「自分の研究には満足している,まもなく世界も認めてくれる」と語っていたそうです。