がんと生物学

がんとは

現在,がんは日本人の死因のトップで,およそ3人に1人が がん で死亡している。がん細胞は,自分自身の細胞が変化したもので,次のような特徴をもつ。

  1. 無秩序に増殖する。
  2. 周囲にしんじゅんする。
  3. 他の組織に転移する。

正常な細胞は,必要以上に増殖しないし,本来あるべき場所にとどまっている。ふつうは他の場所では増殖できない。

がんのすがた

がん遺伝子は細胞分裂を加速する

ニワトリに肉腫をつくるウイルスのsrc遺伝子が,ヒトをはじめさまざまな動物の正常な細胞にも存在していることがわかった。また,動物の血清中に,増殖因子である血小板由来成長因子(PDGF)が見つかった。これに対応する遺伝子は,サルに肉腫をつくるウイルスのsis遺伝子と同じであった。
このように,がん遺伝子はもともとわれわれのからだの中にあり,それらをがん原遺伝子とよぶ。がん原遺伝子は,細胞の増殖に関する遺伝子で,生命活動には欠かせないものである。これらが突然変異を起こし,過剰に活性化するようになったものががん遺伝子なのである。
たとえば,ラットに肉腫をつくるウイルスのras遺伝子がつくるRasタンパク質は,細胞増殖をオン・オフするシグナルとして働いている。これが変異を起こして,常にオンの状態になると,細胞は無秩序に増殖するようになる。

がん抑制遺伝子は細胞分裂を減速する

細胞周期の進行を制御するタンパク質がある。それをつくる遺伝子は,がん抑制遺伝子とよばれ,機能が欠損することでがん化に関与する。がん抑制遺伝子には,Rb遺伝子やp53遺伝子などがある。
Rb遺伝子がつくるRbタンパク質は,細胞分裂を促進する因子に結合して,その働きを抑える。Rbタンパク質が機能しないと,細胞周期全体にわたり制御不能になる。すべての がん のおよそ40%で,Rb遺伝子に突然変異が見られるという。
DNAの損傷が検出されると,細胞周期を止めて修復を行う。また,修復が不可能な場合には細胞死を起こさせる。これを制御するのがp53遺伝子がつくるp53タンパク質である。すべての がん のおよそ50%で,p53遺伝子に突然変異が見られるという。

細胞周期の制御

がん遺伝子は,対立遺伝子のどちらか一方に突然変異が起これば,その働きによって細胞分裂は加速される。がん抑制遺伝子は,2つの対立遺伝子がともに突然変異を起こしてはじめて,がん化に関与する。このように,がん遺伝子は優性に,がん抑制遺伝子は劣性に作用する。

がんは遺伝子の突然変異が蓄積して起こる

環境による原因がなくても,一定の割合で遺伝子の突然変異は起こる。ただ,紫外線や放射線は遺伝子に損傷を与える。遺伝子に損傷を与える化学物質やウイルスなども存在する。遺伝子は損傷を修復する機能をもつが,損傷が大きい場合などうまく修復されないこともある。遺伝子に損傷を与える要因は,突然変異の頻度を高くする。
特に,喫煙の影響は大きく,がんによる死亡の約30%は,喫煙に関係すると言われている。タバコの煙に含まれる物質の中には,p53遺伝子に結合して,突然変異を引き起こすものがある。
がん遺伝子が活性化する,同じ遺伝子座にあるがん抑制遺伝子の2つともが欠損するといった突然変異が重なると,細胞はがん化する。年齢が高くなるにつれて,がん発生率が増すのは,加齢とともに突然変異が蓄積するからである。

突然変異の進行過程

がん研究は生命現象の研究でもある

がんは遺伝子の突然変異による病気である。がんの研究は遺伝子の研究でもあり,生命現象を分子レベルで探ることにもなる。
がんが起こるしくみについて,私たちは多くの知識を得た。がんマーカーなど新しい検査法により,早期発見が可能になった。化学療法放射線療法もかなりの成果をあげている。がんを克服したとはまだ言えないが,さらに新しい治療法が開発されつつある。

参考文献
  • 「がんというミステリー」宮田親平(文藝春秋,2005)
  • 「ガン遺伝子を追いつめる」掛札堅(文藝春秋,1999)
  • 「アメリカNIHの生命科学戦略」掛札堅(講談社,2004)